みんなで使えるアトリエ。 みんなが還れる場所。旧平田郵便局。

2023.11.30

100年この町を見守ってきた元郵便局。「みんなで使えるなら貸したい」と「みんなで使えるなら使いたい」が出会ってできた新しい形

大分県の北部にある中津市。合併に相まって、縦長に伸びるこの町の特に山深くなる地域を「耶馬溪」と呼びます。秋には紅葉を見ようと多くの人で賑わうこの田舎町は「やばけい遊覧」として日本遺産に指定されました。その中でも構成文化財として集落そのものが指定を受けた「平田集落」で、名勝指定100周年の年から新しく始まった場所、「旧平田郵便局」をご紹介します。

近代化の波から耶馬溪の景観を守りつつ町を開いた馬溪翁

奇岩の連なる渓谷地帯「耶馬渓」。溶岩台地を水流が長い年月をかけ侵食し、その神秘的な地形は、古くより伝説と祈りの場所でもあり、周辺には修験の歴史も多くあります。そんな耶馬溪を訪れた人々は、その絶景を愛で、詩や絵画で表現してきました。

近代化の波を受け、地元の政治家でもあった平田吉胤氏(通称、馬溪翁)が立ち上がり、水路を引き、産業を興し、鉄道を引き、郵便局を作り、町を作っていきました。その中で大事に守ってきたのがこの景観。橋を渡らないと行き着けないこの集落はこの頃から平田と呼ばれるようになりました。

激動の時代の中で最初にできて今でも残っている建物がこの旧郵便局

鉄道が出来るのとほぼ同時にできたのがこの大正時代の平田郵便局。鉄道から降りてくるお客様をまず目の前で迎える立地。当時は右隣は食堂兼居酒屋、左は魚屋、目の前は酒屋、その迎えは宿屋と、まさに「お町」だったのだとか。施工に当たったのは平田邸も立ち上げた地元大工さん。木材で有名だった当時の面影もあり、床板などが今では手に入らないものばかり。大正から昭和になる際に、別の郵便局が立ち上がったことで、あっという間に空き家に。

今町にいる人にとっては「空き家・お化け屋敷」だった歴史的建造物

この建物の歴史は100年ほどあるのですが、結局使われていたのは大正時代の十数年と、その後お店をされた方がいた時だけ。今平田で暮らす方々にしてみると「空き家」でしかなかったのだとか。それをどうにかしたいと時々イベントで使っていた brise de luneの上西さんから話を聞いたのが借りるきっかけでした。「占有ではななくてみんなで使ってもらえる人になら町の人も貸したいって思っているの」。シェアアトリエばかりやってきた現在の店主にとってはむしろ良い条件でした。

店主「受付や電報室のドアなど当時のままとても綺麗に保存されていました。出来る限りこのまま使えるようにしようと思いました。」

応接間はカフェキッチンに、電話交換室は菓子製造場所に

まずはカフェ兼シェアアトリエとしてオープンしようと思い立ち、早速地元大工さんに手伝ってもらいながら急ピッチで改装。とはいえ改装したのは主に2箇所にキッチンを作っただけ。後はみんなが座れるテーブルや椅子を入れ、wifiを引き、灯りを増やし、看板を控えめに置きました。現在はシェアキッチンとして、登録すれば誰でも使えます。

店主「建物のアイデンティティがとっても強いので、大きな回想はいらないなと。このままを味わえる場所にしたかったんです」

町の中を使ってアーティストインレジデンスにしていく予定

1年たった今、日替わりでシェフが変わる間貸しカフェや、イベントなど、さまざまなことがここで展開されています。近くの小学生が遊びにくることも。

店主「今後は別の空き家も活用しながら町を広く使ってアーティストインレジデンスのようなことがやりたいですね。」

1年とは思えないと周囲に言われるほど日々楽しいことが展開されている場所になった旧平田郵便局。文化の新たなハブとして今後の活動にも期待しましょう。

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